前回の記事では、球審と捕手との距離について書きました。
先輩から、
「見ているのと、見えているのは似て非なること」
と言われ、私はそれまで捕手から少し離れすぎた位置に立っていたことに気づきました。
それからは、ストライクゾーンをしっかり見るためにも、捕手との距離を意識して球審をするようになりました。
ところが、そんな私に、思いもよらない出来事が起こりました。
捕手と接触してしまった
ある試合で、2塁にランナーがいました。
そして、ランナーが3塁へ盗塁を試みました。
捕手は、すぐに3塁へ送球しようとします。
ところが、そのとき捕手が少し後ろに重心を取った際に、真後ろにいた私と接触してしまったのです。
捕手はボールを投げることができませんでした。
私は、
「えっ?」
と、その瞬間に何が起きたのか分かりませんでした。
ただ立っていることしかできませんでした。
先輩がすぐに「タイム!」
すると、一緒にクルーを組んでいた先輩が、すぐにタイムをかけました。
そして、
「審判員の妨害!」
と宣告しました。
ランナーは2塁に戻され、試合が再開されました。
そのときになって、私はようやく何が起きたのか理解しました。
「これが審判員の妨害なのか……」
実は、野球規則には「審判員の妨害」という規定があります。
私が読んでいた規則書の6.01(f)「コーチ及び審判員の妨害」の原注には、審判員の妨害について、主に次の2つの場合が書かれています。
一つは、盗塁を阻止しようとしたり、塁上の走者をアウトにしようとする捕手の送球動作を、球審が邪魔したり、妨げたりした場合。
もう一つは、打球が野手を通過する前に、フェア地域で審判員に触れた場合。
今回の私のケースは、まさに前者でした。
規則として存在することは知っていました。
でも、
まさか自分自身がその当事者になるとは。
正直、かなり困惑しました。
一度の出来事が、怖さにつながってしまった
それから少しの間、私は球審をするときに、無意識に捕手との距離を取るようになってしまいました。
「またぶつかったらどうしよう」
そんな気持ちがあったのだと思います。
前回の記事では、
「捕手に近づいて、しっかりホームベースを見る」
ことの大切さを書きました。
ところが今度は、その「近づくこと」自体が少し怖くなってしまったのです。
そして、ある試合で、先輩からまた言われました。
「また捕手との距離が開いているよ」
私は、あの出来事があったことを先輩に説明しました。
すると、先輩からこんな言葉をかけられました。
「たった1回の出来事で、もったいないよ」
先輩は、
「あなたはこれまで何百球もボールを見てきたのに、たった1回の出来事で、またストライクゾーンが不安定になってしまうのはもったいないよ」
と言ってくれました。
この言葉を聞いて、
「確かに、そうかもしれない」
と思いました。
私は、一度の出来事を怖がるあまり、それまで積み重ねてきた経験まで自分から手放そうとしていたのです。
もちろん、同じことを繰り返さないように注意することは必要です。
でも、だからといって、必要以上に怖がってしまえば、今度は正しい位置からボールを見ることができなくなってしまいます。
もう一度、捕手との距離を意識する
それからは、もう一度勇気を出して、捕手との距離を縮めるようにしました。
もちろん、以前の出来事が頭をよぎることもあります。
「大丈夫かな?」
と思うこともあります。
それでも、
「しっかりボールを見るためには、この位置が必要なんだ」
と自分に言い聞かせながら、少しずつ元の距離感を取り戻していきました。
すると、また少しずつ、ストライクゾーンを見ることに集中できるようになっていきました。
近づくことも、離れることも、どちらも意識が必要
今回の出来事で、私は「捕手との距離」について、もう一つ大切なことを学びました。
前回の記事では、
「捕手から離れすぎると、ホームベースや投球が見えにくくなる」
ということを教えてもらいました。
でも、今回の経験から、
「ただ近づけばいいわけでもない」
とも感じました。
試合では、捕手の体格や構え方、その場のプレーによって状況が変わります。
だからこそ、基本の位置を知ったうえで、自分が安全に、そして正確に投球を見られる位置を意識することが大切なんだと思います。
失敗したからこそ、分かったこと
審判を続けていると、当然ですが失敗することがあります。
中には、今回のように、実際に自分がプレーに影響してしまうこともあります。
そんなとき、
「もう失敗しないようにしよう」
と考えることは大切です。
でも、
「また失敗するかもしれない」
と怖くなりすぎてしまうと、それまでできていたことまでできなくなってしまいます。
今回、先輩に言ってもらった、
「たった1回の出来事で、今まで積み重ねてきたものを崩すのはもったいない」
という言葉は、今でも覚えています。
審判だけではなく、何事にも通じることなのかもしれません。
失敗したら、そこから学ぶ。
でも、失敗を恐れて必要以上に弱気にならない。
そして、もう一度やってみる。
46歳から審判を始めた私にとって、今回の出来事は、審判の技術だけではなく、失敗との向き合い方を教えてもらった経験になりました。
次回も、審判を始めたばかりの頃に苦労したことを書いてみたいと思います。


コメント